事務リスクの定義

事務リスクの定義、事務リスクがどこに潜在しているかについて、説明します。

金融検査マニュアルによる事務リスクの定義

金融検査マニュアルでは、事務リスクは、オペレーショナル・リスク管理体制の確認検査用チェックリストの別紙1において、次のように定義されています。

事務リスクとは、役職員が正確な事務を怠る、あるいは事故・不正等を起こすことにより金融機関が損失を被るリスクをいう

この定義では、「役職員」がひき起こすものとしています。事務に関わる人的なリスク(ヒューマンリスク)である点で、システムリスクとはリスクの性格が大きく異なります。ここでは、「役職員」とありますので、従業員のみならず取締役などの経営陣が起こす場合も想定されている点に注意しなければなりません。

顧客や第三者など、金融機関の外部者による損失の発生は、ここにいう事務リスクには、該当しないと理解することもできますが、顧客との間のトラブルから損失が発生した場合などを想定すると必ずしもその範囲が明確とはいい切れません。
この点は、より広範囲なリスクの概念であるオペレーショナル・リスクの中でどのように整理するかに応じて定められることになります。
また、事務リスクは、「正確な事務を怠る、あるいは事故・不正等を起こすこと」によるものですので、いわゆる事務ミスのような役職員が「過失」によって事務規程に反した取扱をする場合と、不正など「故意」に逸脱する場合の双方が含まれています。

意図の有無にかかわらず、損失の発生可能性があるものがリスクになります。

 

金融機関における業務と事務リスク

1.金融機関における業務のシステム化

わが国における金融機関の事務処理は、総じて正確であるとの信用・社会的評価を受けています。それを可能としたのがオンライン・システムによる「機械化」、「合理化」です。
これは、例えば、膨大な数の顧客の預金や貸出金の利息計算を行うことを考えると容易に想像がつくところです。過去40年程の間で数次にわたるオンライン・システムの高度化によって、かつての手作業処理は、オンライン・システムによる大量・迅速・正確な事務処理にとって代わりました。
さらに、近年の金融規制の緩和やグローバル化、IT(情報通信技術)の発達などを背景として、金融機関が取り扱う金融商品や新規業務は、急速に多様化、高度化、複雑化してきています。これらの金融商品や新規業務についてもコンピュータの活用なくして円滑な業務運営はできません。
このように金融機関の業務は、システムに極めて依存したものとなってきており、リスクの所在は、インパクトは小さいが頻発する人的な事務ミスやエラー等から、件数は少ないもののダメージの大きいシステムリスクへとシフトしてきています。

2.業務運営を行う組織、人員体制

一方で、こうした金融機関の業務を支える組織や人員の面では、コンピュータの活用による合理化・省電力化の進展に加えて、様々な顧客ニーズに応えるためのサービス提供や販売チャネルのあり方が変化してきたこと、収益力強化のためにリストラや業務の統合を図ってきたことから、顧客との接点にあたる営業店の職員数は減少し、様々な事務処理も各担当者段階で完結するものが増加してきています。
また、正社員が減少する中で営業店等における業務処理の多くが派遣社員等に委ねられるようになってきています。
さらに、為替集中発信、現金精査、不動産担保評価、店舗外ATMの管理、手形交換などの定期的な業務は、事務センターあるいは地区センターなどの事務集中部門で行われるようになり、さらに、これらの業務を関連会社あるいは外部にアウトソーシングする事例も増加しています。したがって、いわゆる後方事務に伴うリスクは、営業店から事務集中部門等へシフトしています。

事務リスクを捉える場合には、こうした金融機関の業務自体あるいは業務プロセスの変化、担い手の変化、それらに伴うリスクの所在・性質の変化を認識しておく必要があります。

【事務リスクの所在の変化】

3.金融機関の業務の特性と事務リスク

金融機関は、「他人のお金を扱う」ことが本業であり、信用が第一に重要とされてきました。金融機関の業務には、顧客からの金銭を預金として預かる、送金・振資金を預かる、融資金を振り込むなど、直接、お金に触れる機会が多くあります。
したがって、潜在的に金銭に関わるミス、トラブルや事故・不正などが発生するリスクは、他の業種と比べて高いといえます。
事務リスクは、金融機関のあらゆる部署に存在するものですが、一般的に注意を要する領域として、「現金を取り扱うところ」、「顧客との接点になるところ」、「人がコンピュータ・システムを操作するところ」が挙げられます。
また、注意を要する業務には、「複雑な業務」、「専門的な知識を要する業務」、「異例な取扱い」などがあります。

そこで、各金融機関では、事務処理プロセスやコンピュータ・システムの中に様々なチェックや牽制機能を組み込み、ミスや不祥事件を未然に防止する、あるいは、早期に発見する体制を整備することによって信用の確保に努めてきました。
業務の流れが定められたルールや牽制体制から逸脱している場合に、事務リスクが高まることは当然ですが、そもそも、事務リスクに本質的な次のような特質があるため、これを適切に管理することは他のリスクと比較しても決して容易ではありません。

  • 金融機関のあらゆる部署で顕在化する可能性があり、あらかじめ起こり得る部署を限定できない。
  • リスクの発現の仕方が多種多様である。過去に経験がないようなケースも起こりえる。
  • 事務リスクの要因には、様々なものがあり、複数の要因が絡み合った複雑なケースも少なくない。

金融機関で発生するインパクトの大きな事務リスクの典型として、次のようなものがあります。

  • 融資業務・市場業務における不正取引
  • 職員の故意・過失に伴う重要な顧客情報等の漏えい
  • ハイリスク商品についての顧客説明不足に伴う顧客トラブル・訴訟事件
  • 役職員のコンプライアンス違反に伴う業務停止

その他にも金額的なインパクトは小さいものの頻繁に発現す事務リスクとして、約定ミス、現金事故、誤送金、小口不正取引、顧客トラブルなどの事象があります。

事務リスクは、人的なリスクといえますが、人間の行う仕事は決して完全ではありません。誰でも1度や2度、あるいはもっと多くのミスやエラーを経験したことでしょう。
例えば、ミスやエラーの分類として、次の4つが挙げられます。

  • 認知のミス
    未確認のエラーともいいます。例えば、札勘定で数え間違いをする、原データの確認を怠ったため、科目や金額を誤った伝票を起票するといったもの。
  • 記憶ミス
    伝票起票漏れなどのように、取扱者本人が行うべき処理を失念するもの。
  • ミスジャッジ
    事務処理の中で判断を誤るミス。算用数字や漢数字の見間違い、特に小さい文字、手書きや複写された文字などの判別の誤りなど。
  • 動作のミス
    オンライン端末入力時の打鍵ミス(ミスオペレーション)が典型です。

ここで留意しなければならない点として、例えば、オンラインのミスオペレーションによる金額相違は、1円違いもあれば、10億円違うということもあるというように、同様のミス、エラーの結果として生じる損失額の幅が非常に大きく、必ずしも一定レンジに収まりにくく多額の場合も少額の場合もあるということです。
また、不正・不祥事件の原因として忘れてならないことは、組織や経営者・管理者の体面を保つため、あるいは組織的に業績のよさをみせかけるために行われたケースが少なからずあったことです。
金融機関の信用を傷つけるという点では、組織内の地位が高い者ほど、万が一、不正や不祥事件が発覚した場合の対外的な影響・ダメージは大きいものとなります。
また、役職員の私生活面からの動機(身の丈を超えた消費行動や投機行為、あるいは、多額の借財など)が不正・不祥事件の原因となることもあります。

小さなミスやエラー、小口の不正行為であっても、大きな損失につながる可能性は、否定できません。金融機関に巨額の損失をもたらした過去の事故事例を見ると、単発のミスやエラー、不正ではなく、そのような行為が連続的に行われたこと、隠ぺいしたこと、それらが容易に判明しなかったことが大きな要因となっています。

記事製作者

中小企業診断士 湯谷 一夫

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