市場リスクの内部規程・組織体制の整備

取締役会等は、市場リスク管理方針に則った市場リスク管理規定を承認し、市場リスク管理部門等の組織体を整理する必要があります。

市場リスク管理を行う上では、特に限度枠の設定がポイントとなります。

内部規程の整備・周知

【金融検査マニュアルのチェック項目】

締役会等は、市場リスク管理方針に則り、市場リスク管理に関する取決めを明確に定めた内部規程(以下「市場リスク管理規程」という。)を市場リスク管理部門の管理者(以下本チェックリストにおいて単に「管理者」という。)に策定させ、組織内に周知させているか。
取締役会等は、市場リスク管理規程についてリーガル・チェック等を経て、市場リスク管理方針に合致することを確認した上で承認しているか。

経営陣は、各リスク管理態勢について、①方針の決定(Plan)、②管理態勢を整備(Do)、③分析・改善を図る(See・Action)役割と責任があります。
本チェック項目では、②管理態勢を整備するために行う項目の1つと位置づけられます。

「取締役会等」は、取締役会の決定した市場リスク管理方針に則って、市場リスク管理部門の管理者に策定させた「市場リスク管理規程」の内容を確認した上で承認し、関係する部門に周知させることが求められます。
「取締役会等」とありますので、取締役会自体によらず、取締役会から権限移譲を受けた他の経営レベルの会議体などが市場リスク管理規定の策定を指示することが認められています。

「取締役会等」に関しては、金融検査マニュアルの「本マニュアルにより検査を行うに際しての留意事項」において、次のように記載されています。

  • 「取締役会等」には、取締役会のほか、常務会、経営会議等の、経営陣レベルによって構成される経営に関する事項を決定する組織(以下「常務会等」という。)も含む。
    なお、「取締役会等」の役割とされている項目についても、取締役会自身において決定することが望ましいが、常務会等に委任している場合には、取締役会による明確な委任があること、常務会等の議事録の整備等により事後的検証を可能としていることに加え、取締役会への結果報告や常務会等に監査役の参加を認める等の適切な措置により、十分な内部牽制が確保されるような態勢となっているかを確認する必要がある。

市場リスク管理規程(案)は、市場リスク管理部門の管理者が立案したうえで、法令諸規則や他の関連する内部規程との整合性を確認するリーガル・チェックを受ける必要があります。
なお、「リーガル・チェック等」に関しては、金融検査マニュアルの「本マニュアルにより検査を行うに際しての留意事項」において、次のように記載されています。

  • 「リーガル・チェック等」とは、コンブライアンス・チェックを含み、例えば、法務担当者、法務担当部署、コンブライアンス担当者、コンプライアンス統括部部門又は社内外の弁護士等の専門家により内部規程等の一貫性・整合性や、取引及び業務の適法性について法的側面から検証することをいう。

 

限度枠の適切な設定

【金融検査マニュアルのチェック項目】

締役会等は、市場リスク管理方針及び市場リスク管理規程に基づき各部門の業務の内容を検討し、各部門の経営上の位置付け、自己資本、収益力、リスク管理能力、人的能力等を勘案し、取り扱う業務やリスク・カテゴリー毎に、それぞれに見合った適切な限度枠(リスク枠、ポジション枠、損失限度枠等)を設定しているか。
また、取締役会等は、定期的に又は必要に応じて随時、各部門の業務の内容等を再検討し、限度枠の設定方法及び設定枠を見直しているか。
なお、自己資本等の経営体力と市場リスク量とを比較し、経営体力から見て過大な市場リスク量となっていないかを確認しているか。
例えば、限度枠の設定において、以下の項目について考慮されているか。

  • 複雑なリスクを保有する場合、複雑なリスクを考慮した限度枠管理となっているか。
  • 市場流動性を考慮しているか。

取締役会等は、市場取引に関してどの程度のリスクまで許容するのか、あらかじめその範囲を定めた限度枠を設定しなければなりません。
なお、設定した限度枠は、なぜその限度枠の設定としたのか適切性について、その根拠・理由づけを明らかにしておく必要があります。

限度枠として、リスク枠、ポジション枠、損失限度枠をご紹介します。

  • リスク枠
    市場リスク計測手法(VaR法など)により算出されたリスク量に対する限度枠
  • ポジション枠
    リスク・エクスポージャーやリスク感応度(センシティビティ)に対する限度枠
    (例えば、日本国債10年物に換算した相当額に限度設定、米ドルに換算した額に為替ポジションの限度設定)
  • 損失限度枠
    1取引あたり評価損益、日中取引の評価損益累計、あるいは一定期間の評価損益の累計額に対する限度枠

限度枠には、リスク削減の強制力の違いによってハード・リミットとソフト・リミットが考えられますが、本チェック項目の「限度枠」に関しては、次のような脚注があります。

「限度枠には、枠を超過した場合、強制的にポジションやリスクを削減するハード・リミットと、必ずしも強制的なポジションやリスクの削減を求めず、その後の対応について取締役会等が協議・判断するソフト・リミットがある。ハード・リミットはトレーディング勘定において設定し、ソフト・リミットはバンキング勘定において設定することが一般的であるが、取引の実態に合わせて適切な設定が行われているかを検証する。

さらに、この点については、金融庁検査局が公表した「金融検査マニュアルに関するよくあるご質問(FAQ)」でも次のように記述されています。

Q:限度枠管理には、具体的にどのような手法がありますか。
A:

  1. 限度枠の設定には、ハード・リミットとソフト・リミットがあります。ハード・リミットとは、枠を超過した場合、強制的にポジションやリスクを削減するものをいい、ソフト・リミットとは、必ずしも強制的なポジションやリスクの削減を求めず、その後の対応について取締役会等が協議・判断するものをいいます。
  2. また、必要に応じ、限度枠の手前に、警告水準としてのアラーム・ポイントを設定することもあります。

また、平成19年2月の金融検査マニュアルの改定に際してのパブリック・コメントとされに対する回答では、本チェック項目に関連して次のようなやり取りがされています。

  • 「複雑なリスクを考慮した限度枠管理となっているか」の主旨は、「リスクの程度、業務規模に応じ、限度枠を設定・管理しているか」という理解でよいか。
    →業務の規模・特性、リスク・プロファイルに見合った限度枠を設定しているかに対する例示として記載しています。
  • リスク.プロファイルに照らして複雑なリスクのある商品に投資している場合、各種リスク特性の相関を考慮したリスク量(VaR)を把握し、リスク限度枠やリスク資本枠を対比することで管理しており、市場流動性を考慮し、ある程度の
    バッファーを設けることで流動性を考慮した限度枠管理としてよいか、ご教示いただきたい。
    →相関を考慮したリスク量を推計する手法、流動性リザーブを積む手法、流動性調整後リスク量を使用する等の手法は、複雑なリスクを考慮した限度枠の管理の一手法であると考えます。
    ただし、それらの手法がリスク・プロファイルに照らして適切な手法であるか、リスク量、リザーブ量の妥当性は確保されているかについては個別に検証する必要があります。

 

市場リスク管理部門の態勢整備

【金融検査マニュアルのチェック項目】

  1. 取締役会等は、市場リスク管理方針及び市場リスク管理規程に則り、市場リスク管理部門を設置し、適切な役割を担わせる態勢を整備しているか。
  2. 締役会は、市場リスク管理部門に、当該部門を統括するのに必要な知識と経験を有する管理者を配置し、当該管理者に対し管理業務の遂行に必要な権限を与えて管理させているか。
  3. 取締役会等は、市場リスク管理部門に、その業務の遂行に必要な知識と経験を有する人員を適切な規模で配置し、当該人員に対し業務の遂行に必要な権限を与えているか。
  4. 締役会等は、市場リスク管理部門について、市場部門、営業推進部門等からの独立性を確保し、牽制機能が発揮される態勢を整備しているか。

市場リスク管理部門の態勢整備に関する取締役会等の役割について示しています。
ⅱ.では、市場リスク管理部門を統括する管理者に資質ある者を任命し、必要な権限を与えること。
ⅲ.では、部門のスタッフの充実
ⅳ.では、市場部門、営業推進部門等からの独立性を確保
することが示されています。

確認検査用チェックリストでは、ⅰ.の市場リスク管理部門のあり方について、次のような脚注がつけられています。
これらの、脚注は、どのような組織体制をとるかという選択を各金融機関に委ねつつ、必要とされる牽制機能が実質的に有効なものかどうかが問われることを示しています。

【ⅰ.に関する脚注】

市場リスク管理部門を独立した態様で設置しない場合(例えば、他のリスク管理部門と統合した一つのリスク管理部門を構成する場合のほか、他の業務と兼担する部署が市場リスク管理を担当する場合や、部門や部署ではなく責任者が市場リスク管理を担当する場合等)には、当該金融機関の規模・特’性及びリスク・プロファイルに応じ、その態勢のあり方が十分に合理的で、かつ、機能的な側面から見て部門を設置する場
合と同様の機能を備えているかを検証する。

【ⅲ.に関する脚注】

人員の配置及び権限の付与についての権限が取締役会等以外の部署・役職にある場合には、その部署・役職の’性質に照らし、牽制機能が働く等合理的なものとなっているか否かを検証する。

 

市場部門、営業推進部門等における市場リスク管理態勢の整備

【金融検査マニュアルのチェック項目】

  1. 取締役会等は、管理すべき市場リスクの存在する部門(例えば、市場部門、営業推進部門等)に対し、遵守すべき内部規程・業務細則等を周知させ、遵守させる態勢を整備しているか。
    例えば、管理者に、市場部門、営業推進部門等が遵守すべき内部規程・業務細則等を特定させ、効果的な研修を定期的に行わせる等の具体的な施策を行うよう指示しているか。
  2. 取締役会等は、管理者又は市場リスク管理部門を通じ、市場部門、営業推進部門等において、市場リスク管理の実効性を確保する態勢を整備しているか。

管理すべき市場リスクの存在する部門(市場部門や営業店を含む営業推進部門等の現場)における市場リスク管理態勢を整備させることを「取締役会等」の責務であるとしている点がポイントです。
その意味で、取締役会等を構成する経営陣は、現場の実態がどうであるか認識し、必要な指示を行っていくことが求められています。

市場部門(フロント・オフィス)の現場において、自社の社内ルールをよく理解せずに、あるいは、故意に無視して市場取引が約定・実行されていたり、あるいは、営業店において、担当者にその認識がないまま市場リスクを伴う取引を行ったりしてリスクが発現して損失を被ることのないような態勢づくりが必要です。

 

取締役会等への報告・承認態勢の整備

【金融検査マニュアルのチェック項目】

取締役会等は、報告事項及び承認事項を適切に設定した上で、管理者に、定期的に又は必要に応じて随時、取締役会等に対し状況を報告させ、又は承認を求めさせる態勢を整備しているか。特に、経営に重大な影響を与える事案については、取締役会等に対し速やかに報告させる態勢を整備しているか。

取締役会等に対する報告事項、取締役会等の承認事項については、市場リスク管理規程等の内部規程で適切に規定しておく必要があります。
市場リスク管理に最終的な責任を負う経営陣に適時・適切に正確な情報が伝達されなければ、経営判断を誤ることになりかねません。
特に、市場リスクに関しては、1987年のブラック・マンデーや長期金利の急騰(債券相場の急落)の例にも見られるように、経営に重大な影響を与える相場急変もありますので、特に経営陣に対する報告の迅速性が求められます。

 

監査役への報告態勢の整備

【金融検査マニュアルのチェック項目】

締役会は、監査役へ直接報告されるべき事項を特定した場合には、報告事項を適切に設定した上で管理者から直接報告を行わせる態勢を整備しているか。

監査役がその機能を十分に発揮できるようにするためには、市場リスク管理に関しても監査役に対して適切な情報が報告される態勢を整備する必要があります。

会社法施行規則100条3項3号では、「取締役及び使用人が監査役に報告をするための体制その他の監査役への報告に関する体制」を整備することは取締役会の責務とされていますので、このチェック項目では明確に「取締役会」を主語にした記述となっています。
なお、、本チェック項目に関しては、会社法で定められた監査役の権限を制約するものではないことを明らかにする意味で、「このことは、監査役が自ら報告を求めることを妨げるものではなく、監査役の権限及び活動を何ら制限するものではないことに留意する」という脚注がなされています。

 

内部監査実施要領及び内部監査計画の策定

【金融検査マニュアルのチェック項目】

取締役会等は、内部監査部門に、市場リスク管理について監査すべき事項を適切に特定させ、内部監査の実施対象となる項目及び実施手順を定めた要領(以下「内部監査実施要領」という。)並びに内部監査計画を策定させた上で承認しているか。
例えば、以下の項目については、内部監査実施要領又は内部監査計画に明確に記載し、適切な監査を実施する態勢を整備しているか。

  • 市場リスク管理態勢の整備状況
  • 市場リスク管理方針、市場リスク管理規程等の遵守状況
  • 市場リスク管理システムの適切性
  • 業務の規模・特性及びリスク・プロファイルに見合った市場リスク管理プロセスの適切性
  • 市場リスク計測・分析方法(手法、前提条件等)の限界及び弱点を踏まえた運営の適切性
  • 市場リスク計測・分析方法(手法、前提条件等)の妥当性
  • 市場リスク計測・分析で利用されるデータの正確性及び完全性
  • ストレス・テストにおけるシナリオ等の妥当性
  • 内部監査及び前回検査における指摘事項に関する改善状況

市場リスク管理態勢に対して実施が期待される内部監査の項目が列挙されています。
リスク管理態勢の整備状況や方針及び規程(policies and procedures)の遵守状況、リスク管理プロセスの適切性といった定性面での検証に加えて、市場リスク計測・分析手法に係る定量的な検証も例示されており、相応の専門的能力のある人材を内部監査部門に配置することが望まれます。

ここでは、定量的な検証に関して市場リスク計測・分析手法やストレス・テストにおけるシナリオ等の「妥当性」、「データの正確性及び完全性」といった用語が用いられています。
「妥当性」については、平成19年2月の金融検査マニュアルの改定に際してのパブリック・コメント(No.296)において、次のように回答されています。

リスク計測手法について『妥当性」という言葉を使っている場合は、本マニュアル上では、合理性(reasonableness)、整合性(consistency)、適正性(adequacy)、適合性(suitability)、正確性(accuracy)などを総称した言葉として使用しています。

また、「データの正確性及び完全‘性」とは、一般的に、データに誤りや欠落がなく正確であること(正確性)、および、データの不適切な改変、改恵が行われていないこと(完全性)を言います。

 

本チェック項目に関する脚注として、取締役会等による内部監査実施要領および内部監査計画の承認に関して、「内部監査計画についてはその基本的事項について承認すれば足りる」とされており、また、「市場リスク管理システム」に関して、「システムには葦中央集中型の汎用機システムや分散系システムのほか、EUC (エンド・ユーザー・コンピューティング)によるものも含まれることに留意する」ものとされています。

 

内部規程・組織体制の整備プロセスの見直し

【金融検査マニュアルのチェック項目】

取締役会等は、定期的に又は必要に応じて随時、市場リスク管理の状況に関する報告・調査結果等を踏まえ、内部規程・組織体制の整備プロセスの有効性を検証し、適時に見直しているか。

金融検査マニュアルでは、各プロセスにおける「見直し」の工程が協調されています。
内部規程・組織体制の整備という市場リスク管理態勢の中核をなす項目について、改善に向けたPDCAのサイクルを回すための見直しが取締役会等により「適時に」実施されているかどうかを確認します。

取締役会等のメンバーは、報告を受けた市場リスク管理の状況に関する報告・調査結果から内部規程・組織体制上で改善すべき点がないかどうか、日頃から注意を払う必要があります。

記事製作者

中小企業診断士 湯谷 一夫

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