市場リスク管理のための組織

市場リスクの基本は、「職責分離」、「相互牽制体制」を有効に機能させることであり、市場リスク管理における各部門の役割を理解する必要があります。

組織体制づくりのポイント ー職責分離ー

過去に発生した、ベアリングス社や大和銀行の事件では、損失の直接的な原因は、市場リスクの顕在化によるものですが、それを招いた要因は、フロント・オフィスとバック・オフィスの業務を同一人物が兼務していたため、職責分離や相互牽制が機能していなかったという市場リスクの管理プロセスの欠陥でした。

市場リスク管理のための組織を構築する場合、利益相反する業務を分離する「職責分離」の徹底が重要なポイントとなります。
市場取引に関係する業務を機能面から大別すると、次の3つの業務があります。

  1. 市場における取引の執行(取引対象と取引価格の決定)
    →フロント・オフィス
  2. 取引相手方との取引事務(取引内容の確認、取引の決済、勘定記録)
    →バック・オフィス
  3. 取引状況に関するリスクの分析とモニタリング
    →ミドル・オフィス

これらの業務について職責分離を行い、十分な相互牽制を機能させること、特に次の2点が職責分離の重要なポイントです。

  • フロント・オフィス/バック・オフィスの職責分離
  • フロント・オフィス/ミドル・オフィスの職責分離

フロント・オフィス/バック・オフィス

収益に対するインセンティブを持って取引を執行する担当者と会計記帳や事務を行う担当者を権限上で分離すること。

バック・オフィスでは、取引内容の確認や会計記帳を行っていますので、フロント・オフィスとバック・オフィスの業務を兼務するということは、自ら執行した取引を自身で確認することになります。
そのため、担当者が取引内容を隠微したり改ざんしたりした場合、第三者が確認することが困難になります。内部監査を1年に1回のサイクルで行ったとしても、内部監査が入るまで不正行為が継続して行われる可能性があります。これは利益相反の典型例です。

特に、フロント・オフィス業務に従事する担当者の給与が市場取引に係る収益に連動している場合には、不正行為をしてでも業績をあげたいというインセンティブが強く働き、市場リスクも大きくなりがちです。

フロント・オフィス/ミドル・オフィス

収益に対するインセンティブを持って取引を執行する担当者と経営体力から見た取引量などをモニタリングする担当者を分離すること

次に問題となるのが、フロント・オフィスとミドル・オフィスの業務の関係です。
フロント・オフィス業務を担当する担当者は、バック・オフィスと職責分離されていれば、無制限に取引できるというわけではありません。金融機関の経営体力や戦略目標によって上限が決められています。

ミドル・オフィスは、フロント・オフィスによる取引の内容をモニタリングし、分析して経営陣に報告し、経営体力に応じたリスクの範囲での取引を行っているかどうかをチェックする機能です。
もし、この部分をフロント・オフィスの取引執行者が担当してしまうと、同執行者には、収益追求のために自ら担当する取引のリスクを極力増加させようとするインセンティブが働き、経営体力とのバランスを省みなくなる可能性があります。
また、フロント・オフィスの取引に伴う損失やリスクを過小に、収益を過大に見せかけようとするインセンティブが働くものです。

ちなみにベアリングス社のケースでは、裁定取引(売り買い両建てしてサヤ取りを行う)というリスクの非常に小さい取引を行っていたとの認識から、取引限度額は設けられていませんでした。(実際には、両取引とも買い建てして大きなリスクを取っていました)。

ミドル・オフィスのバック・オフィスからの分化、独立と協調

ミドル・オフィスの設置が必要とされるようになった経緯として、バック・オフィスによる取引確認では、複雑なデリバティブ取引を行うフロント・オフィスがどのようなリスクを取っているか分かりづらく、従来のような個別取引内容の確認による牽制に限界があったことが挙げられます。
その意味で、ミドル・オフィスとバック・オフィスの関係については、フロント・オフィスとの関係ほど利益相反関係はありませんが、業務の実態として両者を兼務することは困難を伴います。そこで、ミドル・オフィスの業務を独立した部門が行い、フロント・オフィスにおいて過大なリスクをとっていないかどうかチェックする組織体制がとられるようになったものです。

内部監査部門による「独立したモニタリング」

フロント・オフィス/バック・オフィス/ミドル・オフィスの牽制プロセスが有効に機能しているかチェックする部門を独立させること

さらに重要なポイントとして内部監査の機能が挙げられます。
リスク管理部門自らが構築したリスク管理プロセスを自己証明するだけでは足りません。
内部監査部門は、市場リスク管理のプロセス、牽制機能の発揮状況が適正かどうか、独立した第三者の視点からチェックします。

職責分離の要素のポイント

「職責分離」が具体的には何を意味するかは、次のポイントが挙げられます。

【職責分離の要素】

  • 場所的な分離
  • 組織的な分離
  • 権限体系の分離
  • システムやデータの分離

機能面から見て、自社がどの程度の職責分離が必要とされるか、十分に検討が必要です。

職責分離は、組織体制と権限体系が分離されてはじめて整うものです。
例えば、権限体系の分離については、組織を分けていてもフロント・オフィスとバック・オフィスの部長が同一人物であることは問題視されます。
したがって、むやみに組織を分ければよいのではなく、権限体系が分離されていれば、取引の内容によっては、組織の分離までは要求されない場合も考えられるということです。
また、システムやデータの分離は、いくら組織や権限体系を分けていたとしても、取引執行者がバック・オフィスの会計システムからデータにアクセスして改ざんすることが可能であれば意味がありません。
このため、会計システムやリスク管理システムへのフロント・オフィスの担当者のアクセスを制限する必要があり、これも市場リスク管理の重要なポイントとなります。

各組織の役割

1.経営陣

リスク管理に対する経営陣の積極的関与(コミットメント)が最も重要になります。
経営陣は、まずリスク・テイクに対する考え方やリスク選考度を決定します。

的確なリスク管理を行うことによって、リスクとリターンの関係を把握し、取るべきリスクに対して割り当てる資本を明確にすることを通じて収益力の向上に貢献し、ひいては企業価値を高めることにつながります。なので、リスク管理を企業を守るための単なるコストとして捉えるべきではありません。
なお、金融機関の全職員がリスク管理の基本方針を理解し順守するためには、経営陣がリスク管理の基本方針の重要性を理解し、率先して順守していくことを組織内に示さなければなりません。
また、併せてリスク管理部門の役割や権限を広く周知徹底させなければなりません。

2.リスク管理委員会

リスク管理委員会は、経営レベルにおけるリスク管理に関わる実質的な検討を行う場として多くの金融機関に設置されています。リスク管理委員会が十分に機能するためには、次の要件を満たしている必要があります。

【リスク管理委員会の機能要件】

    • 構成メンバーが充実していること
    • 事務局が高度な分析手法を持つ有力なスタッフを擁していること
    • 情報源が多様化していること
    • 会議の検討結果が政策や戦略に実際に反映されること
    • 開催頻度が十分であること

(1)構成メンバーの充実

リスク管理委員会の構成メンバーについてみると、わが国の金融機関では、取締役が参加するリスク管理委員会が月次や四半期、部長・課長レベルによるリスク管理小委員会が週次や月次でそれぞれ開催するなど、二段構えとなっているケースが多いようです。
ここで重要なポイントは、経営レベルの取締役・役員クラスの会議が自社のリスク・プロファイルに見合った頻度で開催され、適切な報告に基づいた実質的な議論を行って判断を下していくトップダウンのプロセスが構築されていることです。

(2)有能な事務局スタッフ

事務上、リスク管理委員会の事務局スタッフは、リスク管理部門の担当者が配置されることが一般的です。事務局スタッフには、十分な情報収集と分析、的確な資料作成が要求されます。

(3)情報の質と情報源の多様化

日本だけでなく各国の金融市場・資本市場の状況、実体経済の推移、為替相場や一次産品市況の動向、収益の推移などに関する情報を収集する必要があります。
さらに、情報源が多様であることが重要です。限定された情報に頼りきると、その情報が誤っていた場合にリスク管理委員会での判断を誤らせることになります。

(4)検討結果の経営への反映

リスク管理委員会を設置し、議論を行っているにも関わらず、結論を出さない場合や議論の結果が実際の経営戦略に必ずしも反映されないケースがしばしば見受けられます。そうすると、金融機関の資産・負債ともに市場リスクにさらされる度合いが高まり、市場リスク管理の巧拙が金融機関の収益を大きく左右するのは必須です。
こうした点を勘案すると、リスク管理委員会を経営上の最重要会議の1つとして位置づけ、責任ある取締役・職員によって議論された事項には必ず結論を出し、結果を具体的に経営戦略に反映させていくことが必要となります。

3.リスク管理部門

リスク管理部門は、組織全体のリスクの測定とモニタリングを行う役割を担っています。
これらの機能は、リスク情報の収集・処理・検証・モニター・報告というプロセスを通じて行います。
具体的には、フロント・オフィス及びバック・オフィスからデータや情報を集めて、突合し、リスク管理システムの入力内容と出力内容の整合性を確認します。さらに、直近の市場の動きとポートフォリオ上のリスク管理システムの計算結果をチェックし、分析した結果を経営陣等に報告します。
また、リスク管理システムを中心としたリスクを計測するシステムについて導入・開発・維持を行います。
リスク管理部門の担当者がこの役割を果たすためには、トレーディング商品と戦略及び市場動向について十分な知識と経験があり、的確な判断力を持っていることが求められます。

リスク管理部門は、経営陣に対して報告し、同時にフロント業務部門とリスク状況の協議をすることが必要となります。
また、併せてリスク方針及びリスク枠が守られているかどうかをチェックし、場合によっては、監督当局に説明することなども行わなければなりません。

4.市場リスク管理部門と他部門との連携

市場リスク管理部門は、組織上の独立性を維持しつつ、組織内で関連する他の部門と連携することが求められています。特にフロント・オフィス、バック・オフィス、経理担当部門、法務担当部門、コンプライアンス担当部門及び経営陣とは密接に連携する必要があります。
また、リスク管理部門は、監督当局、監査法人、格付会社等、外部の組織と適切に意思疎通することも要求されます。

(1)フロント・オフィスとの連携

リスク管理部門とフロント・オフィスは、緊張感のある前向きな連携関係にあることが重要です。
市場リスク管理部門は、フロント・オフィスによる過度なリスク・テイクや不正の兆候がないかをチェックすることが本来的な役割であり、公正な姿勢を維持し、いわゆるアームズ・レングス(適切な距離)を保つことが求められます。

一方で、市場リスク管理部門によるフロント・オフィスとの連携として、市場動向・ポジション・損益状況についてフロント・オフィスと意見交換することや取扱商品のリスクを的確にとらえるためのモデル開発での協調などが挙げられます。
フロント・オフィスは、常時マーケットに接して市場動向について様々な情報を持ち、金融市場や取扱い商品を熟知しているため、市場リスク管理部門としてもフロント・オフィスと連携して情報の共有を図る必要があります。

(2)バック・オフィスとの連携

バック・オフィスは、取引の確認(コンファメーション)や会計記帳を行うという市場リスク管理にとって重要な役割を担っています。

市場リスク管理部門で正確な分析を行うためには、正確な事務処理や正しいデータ入力が不可欠です。
仮にデータの誤りが判明した場合には、即座にバック・オフィスに連絡し、データの訂正を行う体制を整える必要があります。
なお、市場リスク管理部門のシステムとバック・オフィスで用いられている会計シス
テムが異なる場合、両システム間の数値を合わせる必要がありますが、これをリコンサイルと呼んでいます。

記事製作者

中小企業診断士 湯谷 一夫

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