市場リスク管理の変遷とVaRの起源

リスク管理モデルRiskMetricsの誕生

1970年代後半から1980年代にかけて、アメリカの主要金融機関は、全社的なリスク管理システムの開発とリスク管理体制の構築に注力してきました。さらに、顧客に対するリスク管理コンサルティング業務を事業化します。こうした中で、最も有名なリスク管理システムがJPモルガンのRiskMetricsです。

VaRの起源は、JPモルガンの当時のCEO(最高経営責任者)D.ウェザーストーン氏が自社の資産運用状況を知るために、管理部門のスタッフに当日の運用結果を取引終了後、レポートにまとめ、毎日提出するように指示したことに始まります。JPモルガンのスタッフは、この要望に応えるため、今後24時間に自社のポートフォリオが受けるリスクを過去の観測データからある確率をもって発生し得る最大損失額として計量化するVaRの考え方を提案し、全社的なリスク管理システムとしてRiskMetricsを開発しました。

その後、多くの金融機関や金融向けソフトウェア開発会社によって、VaR算出ソフトウェアの開発・販売競争が展開されましたが、一番の問題は、各システムによって算出されたVaRの計算結果に大きな差異があり、利用者によってはどの結果を信じてよいか分からないことでした。後に、この原因は、使用した理論や計算過程ではなく、前提とするデータの扱い方の違いによることが判明します。つまり、データ源として何を採用したか(例えば、TOPIXと日経225のどちらを選択するか)、データ採取の対象(観測期間)をどの程度の期間にするか、終値と平均値のどちらを用いるのかといった問題です。

リスク計測の代表的な計測手法

代表的なリスク計測手法には、「分散共分散法」、「ヒストリカル法」、「モンテカルロ法」などが開発されてきました。

ヒストリカル法

過去のデータをできるだけ加工せずに用いる方法で計算負荷が少なく、かつ精度も良いことから、高い評価を得ています。
しかし、アプローチや理論があまりにも単純なため、直観的に信頼されにくい手法です。

モンテカルロ法

統計的な理論を駆使した手法で技術者の関心が高く、その精度にも一般に分散共分散法やヒストリカル法より高いものと評価されていますが、計算負荷がけた違いに大きく、オペレーションも複雑で、分析者の負担が大きい難点があります。

 

こうした状況の中で、1994年、JPモルガンは定評のあるRiskMetricsの計算過程と使用データをインターネット上で無料公開し、事実上の業界標準となって、その後のリスク計測手法に関する議論や実務の高度化を大きく促すものとなりました。

 

VaRモデルの普及

米国において、VaRno概念は急速に普及し、証券会社や投資銀行はもちろん、一般の商業銀行や年金基金、保険会社でもVaRがリスク管理の中心的役割を担うようになりました。
特に1999年代後半、VaRを採用する動きは加速度的に増加しましたが、その要因として次の4つが挙げられます。

  • デリバティブなどのリスクが重要になってきたこと
  • 金融市場の変動による金融機関の危機的状況が顕著になったこと
  • 各国の金融当局がBIS自己資本比率規制に従って市場リスク管理態勢をチェックするようになり、その基準としてVaRを採用したこと
  • VaRを計算するために必要なシステム投資が安価になってきたこと

 

自己資本比率規制とVaRの展開

いわゆる「BIS規制(バーゼル合意)」とは、国際業務を行う銀行の自己資本比率に関する国際統一基準としてバーゼル銀行監督委員会が1987年12月に公表し、1988年7月に最終的合意を得た「自己資本の測定と基準に関する国際的統一化」のことをいいます。
BIS規制は、国際的な金融システムの安定化、銀行間競争の不平等の是正などを目的とし、自己資本比率の算出方法(当初、信用リスクを対象とする)や最低基準(8%以上)などを規定しており、1988年7月の発表後、準備期間を経て1992年12月末(日本では、1993年3月末)から適用が開始されました。
BIS規制が合意された背景として、1980年以降、国際金融市場が飛躍的に拡大する一方で、累積債務国問題の深刻化や増加するデリバティブ取引のリスク管理などが問題化、さらには、米国の大手銀行倒産をきっかけとしたシステミック・リスク(金融機関が破綻した場合の影響が世界規模で波及すること)に対する懸念がありました。経営破綻した金融機関には、自己資本比率の低下という特徴が共通して見られたため、自己資本比率を8%以上に維持するよう求められることとなったものです。

1990年代、デリバティブ取引などの市場リスクによる金融機関の経営破綻が現実のものとなったことから、市場リスクに対する規制のあり方について議論され、1996年にいわゆるBIS規制について市場リスクを含む内容に改定することが合意され、1998年より実施されることとなりました。
このBIS規制の改定に際して、VaRを利用することによってリスク相当額を減じるインセンティブが与えられる内容となっており、BIS規制の対象となる邦銀は、この時期に競うようにVaRを用いたリスク管理モデルを導入しました。

 

リスク管理モデルの技術的発展

ここでVaRに至るリスク管理モデルの理論的、技術的な側面について概観しておきます。

金融や投資の分野で初めてリスクの概念を明確に定義したものは、マルコビッツのポートフォリオ理論「Portfolio Selection」(1959)です。
現在用いられているリスク軽量化方法の1つである分散共分散法(デルタ法)は、基本的にこのポートフォリオ理論から発展したものと位置づけられます。
また、債券投資の理論的な分析に関しては、デュレーションやイールド・カーブの期間構造の研究が以前から進められていました。

金利変動によるリスクの影響を大きく受ける銀行では、1980年代以降、金利リスクに注目したALM(Asset Liability Management)の研究と実用化が展開されました。理論的には、ポートフォリオ理論が投資(資産)に焦点を当てたものであったのに対して、負債を含めたリスク管理が目指したのがALMであり、負債をマイナス資産とすることと最適化の制約条件が違うだけで、基本的にはポートフォリオ理論の枠組みを踏襲したものとなっています。
金利リスクの分析手法は、マチュリティ・ラダー分析、ギャップ分析から、債券投資の理論を組み込んだグリッド感度分析といった段階を経て、現在に至っています。

また、このような金融技術の発展は、工学や統計学から多くの技術移転があって初めて可能になりました。その代表的なものはモンテカルロ・シミュレーションをはじめとするシミュレーション技術です。
OR(オペレーションズ・リサーチ)の一分野であるシミュレーションは、もともと軍事目的で開発されたものですが、コンピュータの普及とともに工学実験などに用いられるようになりました。これが金融の分野に応用されるようになったのは、1970年代以降です。現在は、統計学的な時系列モデルを利用したシミュレーションが主流であり、リスク軽量化の主要な方法として用いられています。

さらに、ブラック=ショールズ・モデルをはじめとするオプション評価モデルは、リスク軽量化に大きな影響を与えました。特に、原資産のボラティリティを計測するために用いられる可変分散の時系列モデル(分散の値が時系列的に変化するモデル)による分析は、モンテカルロ法によるVaRの計測に大いに役立つテクニックとなっています。

これらの技術の移入により、現在のリスク計測モデルはある程度確立したものとなっていますが、さらなるリスク計測の精度向上や経営判断に利用しやすいアウトプットを得るモデルへと工夫されつつあります。

記事製作者

中小企業診断士 湯谷 一夫

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